大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)14970号 判決

原告 宗教法人歓名寺

右代表者代表役員 鈴木信光

右訴訟代理人弁護士 斉藤尚志

被告 長谷川信一

右訴訟代理人弁護士 小林宏也

同 本多藤男

同 長谷川武弘

同 岡部吉辰

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1(一)  (本位的請求)

被告は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して、同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、昭和四三年一二月一日から右明渡ずみまでの一ヵ月金一六六八円の割合による金員を支払え。

(二)  (予備的請求)

被告は原告に対し、原告から金一五〇万円の支払を受けるのと引換えに、同目録(二)記載の建物を収去して、同目録(一)記載の土地を明渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

主文と同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。

2  被告は、昭和二二年ころから、本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して本件土地を占有している。

3  よって、本位的に原告は被告に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡すこと、および昭和四三年一二月一日から右明渡ずみまで賃料相当一ヵ月金一六六八円の割合による損害金の支払を求める。

4  仮に、被告が抗弁1ないし4記載のとおり、本件土地の賃借権を取得したとしても、原告は被告に対し、右賃貸借契約期間満了後遅滞なく異議を述べたから、右賃貸借契約は終了したものである。

すなわち、原告は被告に対し昭和四三年七月三日到達の内容証明郵便をもって、被告が賃貸借契約を締結したと主張する昭和二四年一一月二四日から二〇年を経過した同四四年一一月末日限り、本件土地を明渡すよう申し入れをし、その後、本訴において引き続き家屋収去土地明渡の請求をすることにより、被告の本件土地の使用継続に対して遅滞なく異議を述べている。

原告が本件土地賃貸借契約の更新を拒絶する正当事由は次のとおりである。

すなわち、原告の境内地(被告の使用部分を除く)は、三〇七・〇七平方メートルであり、被告の使用部分は五〇・九八平方メートルである。しかるに、原告には約二五〇の檀家があり、各檀家の子弟が一家を構えたあと新仏が出た場合に、新たに墓碑の建立を求められるが、現在の納骨堂では到底その余地がないため、やむなくこれを断わらざるを得ないのが現状であり、又、本堂も資材不足のころ建立したものであるため、葬儀・法要等の後の集会にも人数を制限せねばならない状況である。

そこで、昭和三五年ころから本件土地の返還を求めて原告の本来の目的を達成するための計画を立てるべきであるとの檀家一同の意見が統一され、そのために、原告は本件賃貸借契約の期間満了を機に、被告にその明渡を求めたものであり、その後、原告は昭和四六年三月二一日檀信徒総会を開き本堂再建計画につき承認を得るとともに、その建築について多くの寄附を仰ぎ、鉄筋コンクリート造三階建(一部半地下)とすべく、すでに、建築設計事務所に概略図の作成を依頼し、再建趣意書に添付して、具体的募金活動に入っている状態である。

したがって、本件土地賃貸借契約は、前述の昭和四四年一一月二四日の経過と同時に期間満了により終了したものである。

5  なお、原告は、右事実のみでは正当事由が充分でない場合には、立退料として被告に対し金一五〇万円を提供し、正当事由を補充する。右立退料については、本件訴が調停に付された昭和四四年六月一二日の期日に、原告から被告に対し、相当額の立退料を提供する旨意思表示した。

よって、予備的に原告は被告に対し、原告が金一五〇万円を支払うと引換えに本件建物を収去して本件土地を明渡すべきことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、占有開始日は否認し、その余は認める。占有を開始したのは昭和二四年一一月二一日である。

3  同3は争う。

4  同4のうち、原告主張の日時に同主張の内容証明郵便が到達したこと、原被告のそれぞれの使用面積が原告主張のとおりであることを認めるが、その余の事実は否認する。

原告は本件土地に隣接する訴外松下芳雄に賃貸していた約四三・五七平方メートルの土地に、一階を貸車庫とし、二階をアパートとして建設しこれを他に賃貸すべく計画しており、原告が本訴において主張している正当事由は全く存在しない。

一方、被告は本件建物において、家庭雑貨の卸売業を経営し、かつ、家族も同所に居住しているので、本件土地は被告の生活の基盤をなしている。

5  同5は争う。

三  抗弁

1  被告は原告(具体的には昭和二四年一一月二四日当時の原告の代務者永忠順又は原告の主管者鈴木信光((以下「信光」という。))若しくは原告の財産管理人高橋辰太郎)より、本件土地の賃貸権限を授与されていた訴外亡鈴木さき(以下「さき」という。)から、本件土地を普通建物所有の目的で期間を二〇年と定めて賃借した。(以下「本件賃貸借契約」という)。

2  仮に、さきに本件賃貸借契約を締結する代理権がなく、従って、本件賃貸借契約が無効であるとしても、原告の主管者であり後に代表役員(昭和二八年原告の組織変更により主管者から代表役員となる。)となった信光は、本件賃貸借契約が無効であることを知りながら、被告が昭和二七、八年ころ、本件建物の増改築の許可を求めたのに対し、その許可を与え、さらには、昭和二七年から同四一年まで数回に亘って本件土地の賃料を値上げし、同四三年まで被告から継続して賃料を受領して、原告を代表し本件賃貸借契約に基づく賃貸人たる権利を行使する一方、被告に対しては本件土地を宅地として継続使用せしめたのであるから、原告は、本件賃貸借契約を追認したというべきである。

3  仮に、右主張が理由がないとしても、さきは本件土地に対する管理権を有していたのであるから、本件賃貸借契約は民法第六〇二条に基づき、契約締結の日である昭和二四年一一月二四日から向う五年間は有効に存続し、その後、さらに更新を重ねて来ているものである。

4  仮に、前記1ないし3の主張が認められないとしても、被告は、昭和二四年一一月二四日本件土地を普通建物所有の目的をもって賃借する意思で占有を開始した。

被告は、右占有の開始にあたり、右賃借権を有するものと信ずるについて過失がなかった。

被告は、昭和三四年一一月二四日の経過するまで本件土地を占有した。

そこで、被告は、本訴において本件土地の賃借権につき一〇年の取得時効を援用する。

5  仮に、以上の主張が理由がないとしても、原告は、本件賃貸借契約時に、被告から当時としては多額の金一二万円の権利金を受領し、その後、二〇年以上に亘って賃料を徴収し続けたにもかかわらず、本件建物を住居および営業の唯一の基盤として生活している被告に対し、本訴請求をなすが如きは信義則に反し、権利の濫用というべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、昭和二四年一一月二四日当時の原告の主管者(後に代表役員)が信光であったことは認めるが、その余は否認する。なお、原告の代務者であった永忠順は、昭和二四年四月一五日退任し、同日原告の主管者として信光が就任したから、同年一一月二四日には、永忠順は代表権はなかった。

2  同2は、準備手続終結後に主張したものであるから、同主張の提出については異議を申立てる。なお、同主張のうち、昭和二七年以降同四一年まで賃料が数回値上げされたこと、原告が同四三年まで継続して賃料を領収したことは、いずれも認めるが、その余は否認する。賃料は被告が自発的に値上げしたものである。

3  同3は準備手続終結後に主張されたものであるから、同主張の提出については異議を申立てる。なお、同主張は争う。

4  同4のうち、被告が、その主張の期間占有したことは認めるが、その余は否認する。

5  同5は準備手続終結後に主張されたものであるから、同主張の提出については異議を申立てる。なお、同主張は争う。

五  再抗弁

1  仮に、抗弁1のとおり、本件賃貸借契約が締結されたとしても、それは次の理由により無効である。

すなわち、原告はかつて真宗高田派に属する宗教法人で、昭和一七年四月二二日その旨の登記がなされていた。

ところで、昭和二〇年に施行された宗教法人令第一一条第一項によれば、宗教法人がその所有不動産の処分をなさんとするときは、総代の同意を要するほか、本件原告のように特定の宗派に属する者は、さらに、所属宗派の主管者の承認を受けることが必要とされ、そして、右同意および承認を受けずになされた行為は無効である旨同条第二項に規定されているところ、本件賃貸借契約は右規定にいうところの不動産の処分にあたる。

2  仮に、抗弁2のとおり、無権代理行為の追認がなされたとしても、その追認が宗教法人令施行下においてなされたものであれば、それが有効であるためにはさらに前項記載の要件を備えることが必要であるが、その要件は具備されていない。また、右追認が宗教法人法施行後の昭和二六年四月三日以後になされたとしても、同法によれば、境内地を処分するには、同法第二三条所定の公告手続を要するほか、さらに、同条所定の(原告歓名寺)規則第一五条によれば、原告の資産を特別財産・基本財産・普通財産とし、基本財産には土地建物その他の不動産を含め、同第一六条には特別財産・基本財産の設定又は変更は、責任役員会にはかり、その同意を得なければならない旨が定められ、かつ、これらの要件を充足しなければその行為は無効である旨規定されているところ、本件土地は同条に規定する境内地および歓名寺規則にいう基本財産であるから、それを有効に処分するには右の公告手続および前述の責任役員会の同意がなければならないが、これらの手続、同意はなされていないから追認は無効である。

3  仮に、被告が抗弁1ないし4記載のとおり、本件土地の賃借権を取得したとしても、請求原因4および5記載の理由により、本件賃貸借契約は終了したものである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1のうち、原告が昭和一七年四月二二日真宗高田派に属する宗教法人として設立登記されていたことは認め、その余の主張は争う。本件土地についての賃貸借契約は、宗教法人令第一一条所定の財産の処分行為には該当せず、果実を得るための管理行為である。

2  同2の主張は争う。本件土地は本件賃貸借契約締結以前から、賃貸建物の敷地として使用されていたところ、右建物が太平洋戦争によって昭和二〇年三月一〇日焼失してからは、建物所有のための賃貸地として、その賃借人を求めていたので被告がこれを賃借したものであり、特に原告は宗教法人法による宗教法人として設立登記した後の昭和三三年五月二二日本件土地を宅地として境内地とは別個に保存登記をしたのであるから、本件土地は宗教法人法により処分方法に制限が加えられたところの境内地たる不動産には該当しないものである。従って本件の場合には、主管者の意思だけで追認が可能と解すべきである。

3  同3に対する認否は、請求原因に対する認否4および5と同じである。

七  再々抗弁

1  さきは、真宗高田派の主管者で、かつ、原告の代務者であった永忠順から本件土地の管理処分権を与えられていたし、また、本件賃貸借契約は原告総代の同意を得て締結したものである。

2  仮に、本件賃貸借契約が宗教法人令に違反して無効だとしても、

(一) その後、同令は廃止されてかわりに宗教法人法が施行され、原告は、昭和二八年一一月二八日同法に基づく宗教法人に組織変更して、同日その旨の登記をした。しかるに、同法によれば、本件賃貸借契約について、原告主張のような制限がないから、同法により本件賃貸借契約は当然に有効になった。

(二) 原告は本件賃貸借契約が無効であることを知りながら、抗弁2記載のとおり追認したものであり、また、仮に、本件土地が境内地であるために、右追認が原告主張の歓名寺規則に違反し無効だとしても、被告は右規則を知らなかったから、原告は右無効をもって被告に対抗できない。

というべきである。

八  再々抗弁に対する認否

1  再々抗弁1の事実は否認する。

2  同2の(一)のうち、原告が昭和二八年一一月二八日組織変更して、同日その旨の登記をしたことは認め、その余は争う。同(二)は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  本件土地が原告の所有に属すること、被告が本件建物を所有して本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。

二  そこで、被告は、「本件土地を賃貸する代理権を原告から与えられていたさきとの間で、昭和二四年一一月二四日本件土地を建物所有の目的で期間を二〇年と定めて、賃貸借契約を締結した。」旨主張するので検討する。昭和二四年当時の原告の主管者が信光であったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、被告は、信光から本件土地を賃貸する代理権限を与えられていたさきとの間で、昭和二四年一一月二四日本件土地につき普通建物所有を目的とし期間二〇年の約で賃貸借契約を締結したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三  ところで、原告は、「右賃貸借契約は、当時施行されていた宗教法人令第一一条第一項の手続を経ていなかったから、同条第二項により無効である。」旨主張する。確かに原告が、かつて真宗高田派に属する宗教法人で、昭和一七年四月二二日その旨の登記がなされていたことは当事者間に争いがなく、そして、本件賃貸借契約締結当時施行されていた宗教法人令第一一条第一項によれば、寺院が所有不動産を処分するには、総代の同意を得、かつ、所属宗派の主管者の承認を受けることが必要とされており、また、同条第二項によれば、右同意および承認を受けないでなされた行為は無効であると規定されている。そこでまず、本件賃貸借契約が右規定にいう不動産の処分に該当するか否かを考える。

そもそも、宗教法人令において、不動産を処分する場合に、総代の同意および所属宗派の主管者の承認を受けることを必要とした法意は、不動産のような主要な財産を処分することが宗教法人存立の基礎である財産の維持保存のうえで重大な影響を与えることがあると解せられるからであり、また、処分行為と管理行為とは、その行為によって財産の滅失毀損又は財産の性質の変更或いは財産権の変更を生ぜしめたか否かにより区別すべきであり、かつ、その財産の性質の変更の有無は社会の取引通念により決せらるべきものと解せられる。しかるに、本件賃貸借契約の期間が二〇年であり、かつ、借地法によりその期間が満了しても地上に建物の存する限り正当の事由がなければこれを解消せしめえない等強い保護が与えられている点を考えれば、本件賃貸借契約は土地所有権に対する重大な制約であると云わざるをえないから本件賃貸借契約は管理行為の範囲を越えた処分行為に該ると解すべきである。

四  しかるところ、被告は「さきは真宗高田派の主管者で、かつ、原告の代務者であった永忠順から本件土地の管理処分権を与えられていたし、また、本件賃貸借契約は原告総代の同意を得て、締結した。」旨主張するけれども、右主張事実を認めるに足りる証拠は全くない。

してみると、本件賃貸借契約は、宗教法人令第一一条第二項の規定に違反して無効と云わざるを得ない。

五  次に、原告は、抗弁2の追認の主張が、準備手続終結後になされたことを理由に、同主張の提出につき、異議を述べているが、要約調書の被告の主張中に「長谷川との賃貸借契約についても右賃貸借期間中原告からの異議もなく賃料を受領し、右契約を有効としていたものである。」旨の記載があるところ、右主張の趣旨は、被告主張の追認の主張と解せられるから原告の異議は理由がないと解する。

そこで、被告の右主張について判断するに、昭和二六年四月三日宗教法人法が施行され、それに伴ない宗教法人令が廃止されるにおよんで寺院の代表役員が寺院所有の不動産のうち、境内地である不動産以外の不動産、すなわち、いわゆる境外地を処分する場合には、たとえ、その手続が宗教法人法第二三条の規定に違反し、同条所定の公告手続および責任役員会の同意を経ないときであっても、同法第二四条の適用はなく、その代表役員が過料の制裁を受けまたは法人に対し内部的な責任を負うことがあるとしても、その処分行為は無効とはならないと解されるから、境外地に関する限り宗教法人たる寺院の代表者は何らの制限なしに処分の権限を有するに至ったものといわなければならない。

ところで、境内地かどうかは、その土地の処分時においてその現況などから、宗教活動に供される土地と解されるか、否かによって決すべきところ、≪証拠省略≫を総合すれば、本件土地は、原告の現在の境内地と合わせて一筆の土地であったところ、明治初年から大正の初期にかけて寺院の境内地は没収されて官有地とされたところから、右没収を免がれるために、同土地を宅地として登記をしたこと、しかるに、原告は、今次大戦前に、右土地から本件土地を含む一角を区分して、同所に貸家を建てて賃貸していたところ、右建物が昭和二〇年三月一〇日戦災により焼失したため、その敷地を建物所有のための賃貸地とする目的でその賃借人を求めていたので被告が本件土地部分を賃借りし、同土地上に本件建物を建築したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうだとすると本件土地は到底宗教活動に供される土地とはいえず、従って、いわゆる境外地と云わざるを得ない。

以上の説示によって明らかな如く、宗教法人法施行後においては、原告代表者は何らの制限なしに本件土地の処分をなしうるに至ったことになる。

ところで、原告代表者が、宗教法人法による組織変更により、寺有の境外地を処分するにつき、前述の制約が撤廃された後の昭和二七年から同四一年まで数回に亘って本件土地の賃料が値上げされたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告代表者たる信光は従前の賃貸借につき何らの異議を述べなかったばかりか、右賃料の値上げも同人がしたこと、また、被告が昭和二七、八年ころ、信光に対し、本件建物の増改築の許可を求めたところ、その許可を与えたこと、がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

しかして、右事実および信光が原告代表者(原告の住職であり代表者役員)たる地位にあることも総合して考えれば、同人は本件賃貸借契約が宗教法人令に違反して無効であることを知りながら、少なくとも組織変更後はじめて賃料を値上げした時点において、暗黙のうちに本件賃貸借契約を追認したものと解するのが相当であり、これは、あたかも無権代理人の行為に対する本人の追認と同視すべきである。従って、本件賃貸借契約は昭和二四年一一月二四日の契約締結時にさかのぼって、すでに経過した期間をも含めて、期間二〇年の賃貸借契約として有効となったものと解するのが相当である。

六  したがって、本件賃貸借契約は、右昭和二四年一一月二四日から満二〇年に当る同四四年一一月二四日の経過によってその期間が満了することになる。

ところで、原告は、被告に対し昭和四三年七月三日に、賃貸借期間満了時に本件土地を明渡すべきことを求めたことは、当事者間に争いがなく、その後、同年一二月二一日本訴提起に至ったことは、記録上明らかである。されば、原告は被告に対し、同人の本件土地の使用について期間満了後に遅滞なく異議を述べたものというべきである。

七  そこで、原告の右異議について正当事由があるか否かにつき判断を進めることとする。

まず、原告の境内地が、被告の占有部分を含めて、三五八・〇五平方メートルであり、かつ、被告占有地が五〇・九八平方メートルであることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すれば、原告には約二五〇の檀家があり、各檀家の子弟が一家を構えたあと新仏が出た場合に、新たに墓碑の建立を求められるが、現在の納骨堂では手狭であること、又本堂も狭いため、葬儀・法要等の後の集会にも人数を制限しなければならないこと、そのために檀家一同の間から、本件土地の返還を求めて、原告の拡充をはかるべきだとの意見が出て、そのための資金の調達も着々と進んでいること、以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

しかしながら、前掲証拠および弁論の全趣旨によれば、本件賃貸借終了時点において、新たな墓碑の建立が全く不可能だというのではなく、何年か後には不可能になるということが予想されるにすぎないことが認められる。右認定事実によれば、原告が本件土地を自ら使用しなければならないさしせまった必要があるとは考え難いというべきである。

これに反し、≪証拠省略≫によれば、被告本人の家族は、本件建物に居住し、かつ、同所において永年の努力によって家庭雑貨の卸売業を軌道にのせ、これにより生活の資を得ているものであること、さらに本件土地の地理的環境、被告の営業規模等からして、被告にとってその営業上本件土地は不可欠であること、を認定でき、右認定に反する証拠は存しない。

以上によれば、被告の本件土地利用の必要度は、原告のそれに比して大きく、原告の前記異議について正当事由を認めることはできないものというべきである。

八  次に、原告は「被告が本件建物収去土地明渡をする際に、金一五〇万円を支払うことをつけ加えて、正当事由を補強する。」旨主張するが、既に認定判断したところからすると、右金一五〇万円の提供申出によっても前記の異議の正当事由が補強されて充足されるに至るものとはいまだ考えられないので、右主張も採用できない。

してみると、原告の異議は、法律上の効力を生ずるに由なく従って、本件賃貸借契約は、賃貸期間が満了した昭和四四年一一月二四日以降も当然存続するというべきである。

九  以上の次第であるから、爾余の点につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原康志 裁判官 大沢巌 永吉盛雄)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例